「深夜特急1香港・マカオ」「深夜特急2マレー半島・シンガポール」

                       沢木耕太郎著 新潮文庫 




 旅にもセンスがあると思う。

 一緒に旅をしていて「ああ、この人旅のセンスあるな」と感じることもあれば、旅行記を読んで感じることもある。旅行記を書ける人はたいていセンスのある人だ。同じ旅をしても、私が絶対すくいとれないものを、書ける人はごく自然に吸収し自分の経験として伝えている。

 私には旅のセンスはまったくない。だから旅行の記録1つ書けない。それどころか、友人に「○○(地名)に行ったんだって?どうだった?」と聞かれても返事に窮する。旅をして、何を見、何を感じ、何を経験したのか。何も語れない。

 「深夜特急」は全6巻。当然、抜群の旅センスで書かれている。著者は26歳のとき、「真剣に酔狂なことを」したくて旅に出た。デリーからロンドンまで地続きで行こうと決心したのだ。とはいえ、インドのデリーへ直行するのはもったいなく、寄った香港の魅力に魅せられて何週間も滞在することに。さらにマカオ、マレー半島、シンガポールへ寄り道ならぬ「寄り旅」をして、ようやく3巻目にしてインドの章が始まる。

 でも、寄り旅をしたのはきっと偶然ではない。香港のパワーにやられて、マカオでギリギリの賭け事をし、マレー半島・シンガポールを経て、著者はようやく自分がなぜこの旅に出てきたのかを悟る。30歳を手前に、「何かが固定してしまうことを恐れ」逃げるように日本を出たのだと。

 正直、この気持ちは、私にもとても腑に落ちる感覚である。入社したその日に「属することで何かが決まってしまうことを恐れ」て退社してしまう著者には負けるが、20代の私は、会社の机のなかに最低限の私物だけを入れて、いつ出て行くかを毎日考えていた。改めて、「そうか、無期限の旅に出ればよかったんだ」と本を読んでひとりごちた。

 そして、はたと思い当たる。私には旅のセンスがない。英語さえ満足にしゃべれない。結局、旅に出たところで、何も得ることがなく帰ってくるしかない。

 全6巻の旅が終わったときに、著者はどんな理由をもって決めるということを納得し、日本に戻るのか。旅のセンスがある人の答えが知りたい。



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